すべてのカネには出所がある

 のっけから何なんだと思われるかもしれないが、私が最近しみじみと感じているのは表題のことである。

 ぶっちゃけ言ってしまうと、私も含め、私の半径一〇キロには貧乏作家しかいないのではないか、というくらい、作家というやつは貧乏である。
 それはよい(いや、よくないけど)。
 作家において貧乏であるということはさしたる問題ではない。問題は食えてないほど貧乏な作家はどのような作家か、ということである。

 「貧乏である」ことと、「食えてない」ことはまた別だ。
 例えば私にとって一番身近な存在である、バーバラ・アスカという作家兼編集者は、貧乏ではあるが、食えてなくはない。一応でかい借金はないし(いや、生まれるだけで2000万の負債を生む「子供」はいるが)、三度三度のごはんも食べられているし、屋根のついた家に住めている。「屋根があって、ごはんが食べられれば幸せ」という基準で私は生きているので、現在はとっても幸せということになる。

 で。
 「すべてのカネには出所がある」のだよ、キミ。
 そして、作家、マンガ家など、すべてのクリエイターに言えることだが、食えている人は作品をたくさん作っている。ここでは作家の話を例に取ろう。

 食えてる作家は、たくさん原稿を書いている。
 考えてみれば当たり前のことだよね。作家にとって、働くってことは「原稿を書く」以外の何物でもないんだから。遅筆だのなんだのって言い訳はいっぱいあるけど、ううんと縮めて言えば、「原稿を書かない作家はナマケモノ」ってことですよ。

 それで、サラリーマンと作家の違うところは、山ほど仕事をしても、サラリーマンは表に出てこないけど、作家の場合は表に出てくる。つまり、たくさん書いてる作家は、どうしても名前が出てきちゃうっていうこと。逆に言えば、「最近あの人名前聞かないね」って言う人は、ほぼ、間違いなく原稿を書いてない。まあ、なまけてるっていうことですな。

 そう言うと、「私の好きな作家さんはナマケモノじゃない!」「書いているけど原稿が載らないだけだ」「載せない出版社が悪い」という批判が出てきそうだけど、うん、私も前はそう思ってたよ。でも、それ、違うね。
 出版業界が本格的に不況になってきたから、はっきりとわかるようになったけど、間違いなく、食えてない作家は原稿を書いてない。書いてないから食えなくなって、食えなくなるほどカネがなくなると「貧すれば鈍する」の法則でますます書かなくなる。悪循環。

 なぜ、「食えてない作家は書いてない」「書いてないから食えなくなる」って断言できるかというと、人は、特に作家という人種は、発表場所のあてもなしに原稿は書けないし、よしんば書けたとしても、発表したくてしたくてたまらなくなり、出版社に持ち込むなり、同人誌で出すなり、Webで発表したりしてしまう。作家、クリエイターと呼ばれる人種は処女のように控えめである人は少なく(いや処女が控えめかどうかは遠い昔のことなのでもう忘れてしまったのだが)、とにかく「私を見て、見て」と自己あるいは自己の作品を見せびらかしたくてたまらない人種なのである。そうすればこのメディアが発達したご時世、どこかで必ずファンの目にひっかかってくるものなのだ。

 では、「作品を書きまくるがドヘタである作家」はどうか。残念ながら(?)、書いても書いてもドヘタでいつづけることは逆に至難の業。書いているうちにだんだんうまくなってしまうのだ。必ず。
 そして、書きまくる作家がちょっとでもうまければ、この業界は放っておかない。ギャラが安くて良いのであれば、鵜の目鷹の目で金のなる木を探している編集者たちは、必ず、「彼」あるいは「彼女」を発見する。そして、その作家の作品は日の目を見ることになる。もしくはその作家は仕事にありつける。

 つまり、「書いても書いても売れないかわいそうな作家」というのは、ほぼ、皆無であると言っていい。出版業界の最底辺にいる私が言うのだから間違いない。このマリアナ海溝の底とおぼしき出版業界の深海でも「書いても書いても食えないかわいそうな作家」という生き物は見たことがない。それは人魚のような美しい幻想のたまもので、実際にいるのは不気味な深海魚のような「なんだかんだ理由をつけて書かない作家」だけである。ちなみに、作家志望者であっても、ばりばり書く人はどんどんうまくなっていつの間にかデビューしている。そしてもちろん、「なんだかんだ理由をつけて書かない作家」は食えないのだ。わかるね。

 その「なんだかんだ」には実にさまざまなもの、まさに深海に住む生き物のようにたくさんの種類があるが、もっとも多いのが、
「仕事がないから書いていない」
「仕事がないのは出版不況が悪い」
というものである。

 ……。
 これ、もっともそうに聞こえる言い訳だけど、これってサイテーの言い訳だからね。ちょっと冷静になって考えればわかることなのに、これっぱかしのこともわからないなんて、かなり「貧すれば鈍する」病になってますよ。悪いのは出版不況じゃなくて、てめーの頭だ。

 「仕事がないから書かない」んだったら、あなた永久に仕事がなかったらどうすんの。永久に書かないの? いつかとオバケは絶対出ないのですよ。また、「仕事がないから書かない」という人に限って「営業」というやつを全くしない。もー、餓死して死ね、と思います。そういう人は放っておくと自然と「出版社に就職」したり「廃業」したりします。それでいいのです。

 「仕事がなくても書く」「書いた以上は何が何でも発表する」「発表できなくても次を書く」という人は、まあ、まず、貧乏ではあっても作家ではいられる。なんとか食えていける。と、いうか……これだけ執念のある作家は、作家の中でも少ない。そこで淘汰があるわけだ。
 そして、作家の収入と露出は、ほぼ、正比例する。明日にはどうなるかわからなくなっていても、今日、とりあえず有名な作家は、大丈夫だ。とりあえず今日のところは。

 つまるところ、作家のカネの問題は二つに絞られる。私は編集者だから、そっちの視点で言うと、
 「書かない作家にどう書かせるか」
 「貧乏なくせに分不相応な贅沢をする作家に浪費をどうやってやめさせるか」
 ということになる。

 はー(ため息)。
 だから書かない作家というのはつける薬がないのです。

 これ、サラリーマンにあてはめたら、
 「仕事しない社員にどうやって仕事させるか」
 「給料が安いくせに分不相応な贅沢をする社員に浪費をどうやってやめさせるか」
ってことでしょ。そんなのいい大人にいちいち解決法を教えるのもどうかと思いますが、それをどうにかするのが編集者という稼業なのであります。

 書くか。しからずんば廃業か。
 ひじょーにわかりやすい。わかりやすすぎる話です。

 書く作家は残り、書かない作家は消える。
 まあ、会社だって、働かない社員はクビですからね。
 逆に、書く作家は残るわけですから、仕事がなくっても、媒体がなくっても作家のみなさん、がんばって書きましょう。

 だから、作家とて、普通のサラリーマンと同じく、働いた分が収入となのである。作家の不労所得は唯一「増刷印税」だけです。このご時世、そんなもの、そうそうあるわけがありません。
「あの作家さん、最近書いてないのに、羽振りいいなあ」という人は、ほぼ、間違いなく「借金」という「入金先」があるのです。
 だって、「すべてのカネには出所がある」んだから。